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February 21, 2005

参加型パネルディスカッション~くらしと防災・安全なくらしのために 1.

かいです。

今日は、19日に行われた、日本技術士会北陸支部主催の参加型パネルディスカッションについての報告。
かいは、昨年から、修習技術者の立場から技術士会北陸支部の青年技術士委員の仲間に入れてもらっている。

北陸支部の青年技術士委員会は、「くらし」をテーマに見学会や、パネルディスカッションを行っているが、今回は、昨年発生した、水害、地震の体験から、どのように学び、どのように行動していけば良いのかについて、立場の違う三人から、講演して頂き、そして、一般参加者を交えた、パネルディスカッションを行う事となった。

               ◇                 ◇

一人目は、国土交通省北陸地方整備局河川部建設専門官の、畠中泰彦氏による「刈谷田川における水害シュミレーション」について。

これは、昨年発生した、刈谷田川の水害について、①広域の②破堤箇所の③河川縦断水位変化と破堤氾濫等の関係(刈谷田川がどの位の水位で推移し、どの時点で破堤したか)の三点について行った、シュミレーションである。
①の広域では、50mメッシュにて水の深さ、速さから、歩行が可能(自分で逃げられる)かについての検証である。
②では破堤箇所にて、FDS法を用い、2mメッシュで、深さ、ベクトルから、家屋流失時間(深さと水位との関連)、歩行可能性、家屋に作用する流体力についての検証である。
③については、不定流計算から、ダムの操作と水位の関係を検証したものである。

それら三点から、今回の刈谷田川水害について検証すると、
今回の水害では、水か来てから8分程で、歩行不可能となった事、
40tの水の力を受けると家に被害が出る事、
氾濫水が来た箇所は、半分の確率で、歩行不可能となり、それが10時間経っても変わらなかった事、
が挙げられた。
結果、今回のような水害では、氾濫水が来る前に逃げる事の重要性が示された。

このシュミレーション、今回の水害の検証に大いに役立つものである。
住民が、水害被害を実感できると共に、災害の学習教材、避難訓練に役立てて欲しいと思う。

更に、個別河川のシュミレーションを行う事により、地域の避難行動計画に役立てるべきである。
市民が、この様な情報を持つ事は極めて有効である。行政側も、ダムの放水について等、市民に確実に情報公開をする事によって、市民との価値の共有が図れるのではないかと思う。
それは、今後の防災について大きな宝となるであろう。

              ◇                 ◇

次に、建設部門の技術士で、北陸地方防災エキスパート、北陸地方砂防スペシャルエンジニアの石月 升氏より、「河川災害と先人の知恵」というタイトルで、現代生活や近代の土木技術で忘れられつつある、先人の知恵から防災について学ぼうという話である。

戦後の日本は、治水事業により安全な国になった。そして、近年の異常気象による、時間80mmという雨量にも我々は、驚かなくなってしまい、災害というものに鈍感となってしまった。
しかし、昨年は、集中豪雨や相次ぐ台風の襲来と風水害、そして、中越大震災にスマトラ沖地震と災害が多発した年であった。

野生生物は、災害に敏感だという。昨年のスマトラ沖地震でも、象は災害を察知し、山に逃げたという。そして、象に乗っていた象使い達は生き残ったという。又、漁師の中で古くから言い伝えられてきた、地震の際の波の動きを察知し、生き延びた人達がいるという。
生物の本能や、自然を素直に見つめてきた先人の知恵。我々は、忘れていないだろうか?
先人の知恵は、伝承されていないのが現実である。数日前には、なだれ災害があり、犠牲者も出た。気温が上がり雪解けが進む昼間は、なだれの危険性が一番高い時間である。そんな中、山に近づくのは危険だという事は古くから言われてきたが、現代には生かされていないというのが現実である。

最近の人達は、ご飯の炊き方が分からないという。昔の生活が伝承されない現実。台所も必要なく、トイレは水洗。そんな快適な生活も、いざ、災害となれば、原始時代へと突き落とされる。
もちろん、携帯電話は使えない。かつては、各集落には半鐘があり、集落の住人にそして、他の集落との情報の連絡に使われた。そんな半鐘も、今では、無用の長物として撤去された集落も多かったという。そのような集落では情報の断絶に悩まされた。しかし、今回の地震では、半鐘の残った集落は、それが集落と住民、そして、集落同士の連絡に非常に役に立ったそうである。
そして、今回の災害では地域のコミュニティが生活を支えたという。
この様な非常時には、行政の力が当てに出来ない。まず、地域の者自らが、生活を支えていく必要があるという。

自然に素直になり人間の野性に目覚める事、先人の知恵に学ぶ事、地域の者が協力して危機を切り抜けていく事の三点は災害から身を守る知恵である。

そして、それは、川づくりにも言える。
かつての堤防は、地下かなり掘り下げて、地盤を十分に固めて築堤したという。そして、柳等の木を植え、水勢を弱めたという。堤防も、二重に築堤したという。そして、その間の田畑には税金を掛けなかったという。いざ、水害となれば、その田畑を守る為、農民は皆必死になって堤防を守ったという。
自然の知恵と人間の営みによって行われた昔の治水。我々も学ぶべき事は多くあるのではないだろうか。

              ◇                 ◇

三人目は、機械部門の技術士で、小千谷の自宅と長岡の勤務先が中越大震災で被災した、阿部治彦氏の、被災体験、「新潟県中越地震の体験報告」である。

阿部氏は、自宅にて被災されたそうである。
自宅は、豪雪地帯の為、他の地域の住宅よりも丈夫に作ってあるが、柱と壁の境目に多数のヒビが入ったそうである。
中は、足の踏み場の無い程散乱。ガラスも粉々になり、危険な状態。度重なる余震も重なり、中での生活は困難となったそうである。
そして、情報の断絶。ラジオが使えない、携帯も使えない。我々は、被災者が一番情報をもっているものだと思っていたが、実は被災者が当時は一番情報が途絶えたという。
そんな、何も無い中での避難生活。車で10日程生活したそうで、エコノミークラス症候群にもなりかけたという。

そんな中、一番頼りとなったのは、地域のコミュニティであった。
人づての情報が、何よりも有効だったという。そのような中で、情報を入手し、支援物資の情報を得たり、スタンドでガソリンを手回しの機械で入れてもらったりしたという。

数日して、買い物がてら出かけると、長岡や三条は無事で愕然としたという。
今回の地震は、限られた地域に大きな被害をもたらした。

そんな、被災状況だったが、インフラやライフラインの復旧は急ピッチで進められたという。
しかし、電気、ガス、水道の復旧には大きな差があったという。
一番早いのは電気で、数日、水道は2週間、そしてガスは一ヶ月かかったという。
特にガスは、大変だったらしい、情報の混乱?から、昨日掘ったところを、翌日、又、別の業者が来て掘り返したりしたという。
ライフラインは、全てが揃わないと、本格的な機能を発揮しない。
風呂は、電気ガス水道が全て揃わなければ、沸かすことが出来ない。
そんな中、自衛隊が設置した風呂は、助かったという。
様々な行政の支援は、被災者を助けたそうである。しかし、行政の人たちも被災者であり、それに頼り切るのは限界であった。

街が少しづつ復興して、阿部氏も会社に出勤できるようになった。しかし、会社はまだ物が散乱して、後片付けの途中だったそうである。(被災当時は、メチャクチャだったそうである。)
会社は、精密機械を扱っている為、底には1mもコンクリートが打設してあるのだが、隙間が出来たという。そして、被災した機械の調整には苦労したそうである。
更に、協力業者も被災したので、納期遅れが発生したという。
今回の地震、長岡の主要産業である機械産業にも大きなダメージを与えた。

そんな大きな犠牲を払った震災だったが、教訓として、
電気、ガス、上下水道、プラス情報が大切。
普段の備えとして、水と食料、カセットコンロ、そして携帯電話と充電器が必要。
地域のコミュニティが役立つ。
避難形態としては、大きな避難所に行くのが一番良い。
との事が挙げられた。

問題として、
支援物資の不公平。
子供老人を中心とした心の問題。(被災して2~3日してからがきつくなる)
仮設住宅の結露の問題。
今後の文化財の復興。
等が挙げられた。

以上三氏の講演、私なりにまとめたつもりだが、(うまくまとめられていないが...。)
その問題提起を基にパネルディスカッションに続く。


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