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March 15, 2005

参加型パネルディスカッション~くらしと防災・安全なくらしのために 2.

かいです。

久々の本格更新。
しつこい風邪もようやく下火となり、やっとこのブログを更新しようという気が出てきました。
今回風邪を引いた中で、拙いブログの管理人かいに対し、様々な方から、お見舞いのメッセージ、メールをいただきました。心より感謝申し上げます。

ところで、今回は、2/19に行われた、7.13水害及び中越大震災についての参加型パネルディスカッションの報告の続きです。
あれから、一ヶ月近く経つのですね。ネタとしてはかなり古くなっており、記憶も大分薄れて来ましたので、果たして、このテーマで記事を書いていいのかと迷いましたが、中途半端に止めるとまとまりが無くなってしまう感じがしましたので、続きを書く事にしました。

           ◇                    ◇

講演では、畠中氏が、最新防災技術の立場から、石月氏が経験から、阿部氏が体験からそれぞれ発表を行ったが、今回のパネルディスカッションは、先に発表いただいた、畠中氏、石月氏、阿部氏に加え、技術士会北陸支部青年技術士委員長の堀田氏と、当日司会の小見氏が加わって行われた。

参加型パネルディスカッションとは、従来のパネルディスカッションのように、壇上でディスカッションを行った後、質疑応答という形式ではなく、パネラーと聴衆が、一体となってディスカッションを行う形式である。

まず、今回の震災を通じて感じたことを各人が述べる。

今回の災害は、大変大きな犠牲を払ったが、思っても見ない様々なものが見えて来た。
お年寄り等の災害弱者の問題、地域の防災力の低下等の問題が見えてきた。我々は、自ら災害に立ち向かうのではなく、行政等に頼り切っているのではないかという声が聞かれた。
地域の者自らが災害に対峙していく力を身に付けていく必要があるのではとの声が聞こえた。

そんな中、過去の知恵に学べとの声も聞こえた。

今回の災害では、元気なお年寄りが、過去の経験からとても良いアドバイスをしたり、リーダーシップを取り、地域をまとめたりした。
又、今後の河川改修に関しても、かつて行われた霞堤二線堤等の発想を生かすべきではないかとという意見が出た。
今回の水害では、近代の河川改修で行われた旧川を締め切った所が切れているという。
堤防を頑丈にし、水を効率的に流すという近代の河川改修の限界に対し、洪水を許容し、その中でいかに我々が生きるかについて考えるべきではないのかという意見が聞かれた。
そして、実際に刈谷田川では、遊水地が設けられるとの話が聞かれた。

そして、市民が実際に災害に対し、どう対処していくかについて話が進む。

とにかく、最近の市民は、災害に対し無頓着だという。
水害の際に、マンションの上階の住民は知らん顔で、平気で風呂に入ったりして、水を流したりしているという。
自分に被害が及べば、声を高らかに行政批判を行ったりするのだが、被害が及ばなければ、全くの無関心という市民のあり方は反省すべきでないのかとの声が挙がった。
そして、町内会等を通じた地域のコミュニティ作りが必要だという声も聞かれた。
今回の災害では、皮肉なことに災害に対処する中で、地域のコミュニティが深まったという声も聞かれた。
安全安心のまちづくりといっても、なかなか実感が湧かないものである。しかし、地域の特性を踏まえた上でのまちづくりが求められている。

そんな中、その地域が災害に対しどうなのかという情報が見えにくくなっている問題が挙げられた。

昔は地名に、「池」とか「浦」等、水に関する名前が付いていたりして、水害に対し弱い地域だという事が地名を通じて分かったものだが、最近の開発行為では、そのような地名を変更し、感じの良い地名を付け、それをごまかしたりしている。
又、行政側も、災害に対し弱い地域という事を認識しないで、開発許可を出したりしている。
この地域が災害に対し、どうなのかという情報開示が必要である。そんな中、ハザードマップを利用したりして、行政、市民とも、その地域の情報を知る事が必要なのではないのかとの意見が出た。

そんな形でディスカッションは進んでいったが、私なりに要約すると、三つの要点に整理されるのではと思う。
一つ目は、過去から学ぶ事の大切さ、
二つ目は、市民の意識、コミュニティの問題、
三つ目は、情報の行政と市民の共有の問題。
とまとめられるのではないかと思う。

過去から学ぶ事の大切さについては、人間は本来災害に弱いものだと思う謙虚を思い起こすべきではないだろうか。昔の家は、現在の家に比べて、作りは頑丈ではなかった。しかし、地震で倒壊しても、人が死なない作りだったという。又、低地に建てられる家は、床を高くしていたという。
災害という脅威に対し、それに対抗できる力を持ち合わせていなかった昔の人は、災害と上手に付き合いながら、自らの生活を守っていた。そんな昔の知恵に学ぶべきではないのか。

市民の意識とコミュニティの問題については、災害から身を守るのは行政ではなく、自分自身だという事を肝に銘じるべきである。
災害時は、行政の担当者も被災者であり、行政の力も限界なのである。そんな中、まず、自分たちで、そして、周りの人達と、それでも及ばない部分は、公の力を借りるという、「自助、共助、公助」の考え方が重要ではないのかと思う。

情報の行政と市民の共有の問題については、やはり行政の情報開示が重要である。どの地域が、どんな災害の際危険なのかという情報を市民にハザードマップのような形で、分かりやすく示すべきではないのか。
行政が情報を独占する事は、市民の自ら地域を守るという意識を低下させている。
そして、普段から市民と行政の間でコミュニケーションを取る事も必要である。

以上、私なりにまとめてみたが、うまくまとまったであろうか。

災害では、今までのシステムが役に立たず、市民の生身の姿が明らかになる。
普段から、市民力を高めていく事が必要である。

かなり、分かりづらい文章になってしまいましたが、何らかの参考にしていただければ幸いです。


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